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【2008.7.22】本島大教会7月月次祭神殿講話

親孝行こそ、この道の信仰の生命線。布教の家で学ばせて頂いたこと

本島大教会准役員 片山博治(かたやま ひろじ)

 只今は7月月次祭を会長様を芯に陽気に勤めさせて頂きました。心よりお慶び申し上げます。

 私は昨年4月から今年3月まで、布教の家東京寮に行かせて頂きました。只今から布教の家について少しお話をさせて頂きます。

 一昨年の12月、私は大教会長様より「にをいがけ・おたすけのことだけを考える1年間を通ってみてはどうですか?」と、布教の家入寮を勧められました。それを聞いて、私は正直申して「えっ!」とびっくりしました。私は見ての通りメタボリック体質・高血圧・糖尿病であります。この身体ではたして1年間の布教生活が勤まるのかどうか、人間思案で不安になりました。

 ところがいろいろ考えているうちに、片山俊次3代会長様が私に仕込んで下さった言葉を思い出しました。それは「言われたことを先に断るよりも、やってみて出来なかったときに謝る方が、神様に喜んで頂ける通り方やで」というお言葉です。

 すると断るという選択肢はどこかに飛んでしまいました。

 布教の家では、朝起きて、朝づとめを勤め、食事を頂き、お願いづとめを勤め、寮長の話を聞かせて頂いてから布教に出発します。

 まず布教の家のある駒込から巣鴨駅まで神名流しをします。9名の寮生がずらっと並ぶ姿は壮観で、勇みます。そして巣鴨駅前で一列に並んでよろづよ八首まなびを勤めさせて頂いてから、とちりとりを持って周辺を清掃ひのきしんをさせて頂きます。その時、毎日1人か2人、路傍講演をさせて頂くんです。

 私はもともと内気な性格で、おまけに入れ歯なので発音も不明瞭で、人前で話をすることが大変苦手です。ところが寮生9人の中で私が一番年上ですから、初日はまず私が路傍講演に立たねばならなくなりました。最低20分は話しをしなければいけません。

 私は小さい声でしょぼしょぼと「かしもの・かりもの」のお話をさせて頂きました。

 朝の巣鴨駅前ですから、みんな忙しそうに歩くんです。だから誰も聞いていないだろうと安心してっていると、ある婦人さんが近寄って来られて「もっと大きい声で話した方がいいと思いますよ」とアドバイスをしてくれました。私はなんだか急に脅かされたような気分になりました。それが布教の家の初日です。

 それから夕方の定時ひのきしんまで6時間、にをいがけ・おたすけに歩きます。

 これは長いようで短い、短いようで長いんです。私にとっては長かった。特に最初の3ヶ月間はつらかったです。何故かというと、私はなかなかインターホンを押すことが出来ないんですね。勇気がないのです。

 すると公園でじっと座っているか、どこか図書館を見つけて行くか。それでも6時間の時間つぶしも大変なんです。3日位で飽きてしまいます。

 他の寮生はどんどん戸別訪問するんですね。東京寮では一日の最低目標訪問軒数を70軒としています。みんなは、怒られても何しても訪ねて歩くんですね。

 すると私一人ってくるんです。毎日、訪問軒数を報告します。ところが一番年長の私が、1日3軒とか5軒しか歩けないんです。残りの時間は何をするかと言うと、公園で寝てるんです。さすがにだんだん恥ずかしくなってくるし、どうしようかと思いました。

 そこで苦肉の策ですが、東京は病院の近くに公園が多いんですね。そして車椅子に乗っている人や、松葉杖をついた人、迎えの車を待っている人などが公園に訪れるんです。そこで、そういう方にそっと近づいて「どうしたんですか?私は天理教の布教師ですが、おさづけをさせて頂いたら良くなりますよ」と言って、初めておさづけを取り次がせて頂くことができました。

 それに味を占めまして、それから毎日公園に行くのですが、するとなかなか人が来なくなるのです。そこでまた気持ちを切り換えて、必死に気分を盛り上げながらインターホンを押す布教を続けた後、疲れて公園に行ったら、その時はお道のお話が出来る方や、パンフレットを受け取って下さる方とのご縁の御守護を頂けるんです。まさに理は鮮やかとしか言いようがありません。

 自分の心が横を向いているときは何をやってもダメで、勇んでいる時は神様は「はい、この人も。はい、この人も」と授けて下さいます。神様が上から見ているんじゃないかと思いました。

 この寮生活で私が最も嬉しかったことは、9名の寮生が毎日練り合いをして、その時に感じていることを話し合うんですが、みんな親孝行のことを考えていることです。

 たとえば、会長さんから御命を頂いて来させて頂いた。会長さんに喜んでもらうにはどうしたら良いだろうか、と思案するように、親孝行がこの道を通るための生命線であることを肌で感じて知っているんです。

 でも人間ですから、勇めるときも、勇めないときもあるんですね。勇めないときが、結構長いんです。そのタイミングに、上級の会長さんがポッと来られたり、何か一言添えて差し入れがあったり、親の声をかけてもらった寮生はそれから3ヶ月か4ヶ月は勇んで通れるんですね。そして再び勇めなくなってきたら、また上級の会長さんから「どうや」と電話をもらって元気をもらうんです。

 私も東京にいる1年間、本島部内の会長さんが声を掛けて下さったり、お顔を見せて下さると、それだけで十分感激も出来たし、心を勇ませて頂くこともできました。幸せでした。

 他の寮生も、悩みをたくさん抱えながら、親から手紙をもらって心を勇ませたり、そんな人たちと毎日練り合いをしながら通らせて頂きました。

 親に言葉をかけて頂くということくらい幸せなことはありません。その親心に応えるためには、どうしたらいいんでしょう。にをいがけ・おたすけしかないんですね。この1年間を通して、私は親心を感じ、にをいがけ・おたすけの大切さ、感激を教えて頂いたような気がします。

 皆さんは支部などに行かれたら「布教の家週報」というのを見かけることがあると思いますが、どうかしっかりと読んであげて下さい。この中には、各寮の代表者がに感想を書いております。

 1年間をまるまる布教に歩くチャンスは、なかなかないと思います。特に若いときに真剣に1年間通ったら、10年先、20年先にきっと何か見せて頂けるものがあると私は信じています。

 私にとってこの1年間で最も変わったところは、それまで苦痛だった戸別訪問布教が、今では「行きましょうか」と素直に行けるようになったことです。今でも嫌なんですよ。嫌なんですけど、行こうと思えば行ける。これがとても変わった点だと思っています。苦手なことでも毎日やっていたら出来るようになりました。私の財産の一つになったと思います。

 最後に、東京寮では布教から帰ってきたとき、みんなで声を大にして拝読するおふでさきがあります。

やまさかやいばらぐろふもがけみちも
つるぎのなかもとふりぬけたら

まだみへるひのなかもありふちなかも
それをこしたらほそいみちあり

ほそみちをだん/\こせばをふみちや
これがたしかなほんみちである(第一号47〜49)

 このおうたを心の支えにして、親を信じて通らせて頂きました。

 ご清聴ありがとうございました。

(文責・本島通信編集室)


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